「世界で勝ち抜けない「時間にルーズ」な日本人」を読んで

世界で勝ち抜けない「時間にルーズ」な日本人 --- 渡辺 龍太 : アゴラ - ライブドアブログ
 記事を読んで「なるほど」と思う部分と「う〜ん・・・」という部分があった。というのも自分の中で心当たりのある部分とそうでない部分があったからだ。
 まず日本人の礼儀正しさをカースト制に喩えた部分は極端ではないかと思った。目上の人に敬意を払うというのは本当にカースト制と同じなのかっていう。日本人は、それはもうみんなツェペリ一族なのではないかと思うくらいにとにかく相手に対して敬意を払う。僕がメキシコに3年間住んで思うことはメキシコ人にはこの敬意を払うという概念が存在しない。それは人に対してだけでなく物に対してもだ。物事の表面上だけを理解し、その裏側にある真実に対して意識することすらないのである。
 ビジネスにおける時間のルーズさは日本人には到底受け入れられるものではないが、メキシコでは待ち合わせの時間に現れないことはざらだ。それに対していちいち失礼だな、なんて思っていたらきりがないので僕はそういう点において寛容な態度をとる、というよりはメキシコの習慣に合わせることにしている。
 仕事柄、僕は中国や台湾の人とも顔を合わせる機会が多々あるのだが、彼らは待ち合わせの時間をしっかり守る。「あれ?別に日本人だけが時間を守るってわけじゃないんじゃね?」というのが僕の意見だ。もしかするとこういった考え方は宗教やなんらかの考えでアジア圏には根付いているのかもしれない。
 仲間同士で映画を見に行くくだりに関しても、カースト制度は極端な喩えだと思う。例え目上の人でなかったとしても、例えば仲の良い友人とか、僕は待ち合わせに遅れたりしたら素直に謝るし、ジュースの一本でも奢るだろう。「気を遣う」といったほうが正しい表現なのかもしれない。少なくとも僕は友人関係にカースト制度などを感じたことは一瞬たりともない。
 オフィスでのくだりは納得できる。確かに目上の人が残っているとなかなか退社しづらいのは事実だ。メキシコ人は日本人のこういったところは全く理解できないようで、例えオフィスに社長が残っていようが定時に帰る。「残業?なんで?残業代払ってくれないのに残業なんてするわけないじゃん」というのが彼らの考えでこれは全く至極当然なことだ。仕事も大事だけど家族はもっと大事だというメキシコ人の考え方は日本人も少しは見習うべきだと思う。・・・とこんなことを書きつつ、僕はやっぱり目上の人がオフィスに残っていたらなかなか帰りづらいので、社長より先に退社はやっぱりできないし、仕事が終わって退社するのはいつも最後か最後から二番目くらいになってしまっている。こういう部分は僕も変えていかなければならないとは思っているのだが、なかなか難しいわけで…。そういうところを変えることができたら仕事の効率も上がるのかな、仕事後の自由時間も増えてもうちょっと毎日が楽しくなるのかな、とは思う。