ルチャリブレ馬鹿は今日もプロテインです

ルチャリブレ、プロレスのスペイン語記事を日本語訳して紹介します。

【訃報】ビジャノⅤが62歳で逝去

(画像元:CMLL 記事元:solowrestling.mundodeportivo.com 記者:Antonio Rubio)

 ルチャリブレ業界が再び喪に服することとなってしまった。ビジャノⅤ(レイ・メンドーサJr.)が9月29日62歳でこの世を去った。現在のところ、死因については知られていない。訃報を知らせたのは息子であり、SNSを通じて別れのメッセージを発信している。

 「父さん、人生を捧げてあなたを愛しています。私はあなたの死に際して悲しみに暮れています。今頃、あなたはあれほど会いたがっていた私の祖母のチェリーと一緒に居るのでしょう。天国から私を見守ってください。決して、私を見放さないで下さい。あなたを日々、尊敬するでしょう。ありがとう、父さん。言葉が見つかりません。」と、息子はインスタグラムに綴っている。

 ビジャノⅤは伝説のプロレスラーであるエル・ビジャノとして知られるレイ・メンドーサの息子である。レイ・メンドーサJr.は70年代末期にプロレスデビューを果たし、父親と兄弟(ビジャノⅠ、Ⅱ、Ⅲ、Ⅳ)と共にメキシコルチャリブレを代表するルチャリブレ一家ロス・ビジャノスとして活動した。

 30年以上に渡り、ビジャノⅤはCMLLやAAAを含む団体で試合を行っていた。同氏は伝説のプロレスラーである獣神サンダーライガーと試合を行うなどして、新日本プロレスリングやその他の団体の大会にも出場したことがある。

 ビジャノⅤは20日回タイトル(そのほとんどがトリオ)を獲得したことがある他、ブルー・パンテルを筆頭に複数のマスカラ戦にも勝利している。最も記憶に残る瞬間の一つは2009年に開催されたCMLLオメナヘ・ア・ドス・レジェンダス大会にてウルティモ・ゲレロに敗れマスクを失ったときであろう。

 その後、父親に敬意を払いレイ・メンドーサJr.として現役として最後のステージをスタート。複数の負傷を理由に2013年に引退を決意したが、トレーナーとしての活動を続けていた他、5回ほど試合に出場したこともあった。生前最後の試合となったは8月16日に行われたLucha Libre Realフェリーノデビュー40周年記念大会での試合であり、ロカンボーレというリングネームでラディカルとタッグを組み、アギラ・ロハ、ガトニコとタッグマッチで対戦した。

 Solowrestling一同、レイ・メンドーサJr.氏の遺族と友人に哀悼の意を表します。

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