
(画像・記事元:superluchas.com 記者:Apolo Valdés)
メキシカンルチャリブレ業界が喪に服している。本日、日曜日にCMLLを象徴するレフェリー、そしてアベルノの父親としても知られているロドルフォ・ルイス氏が86歳でこの世を去った。プロフェッショナリズム、伝統、尊敬そのものであった同氏の悲報は国内の業界に大きな穴を残した。
ロドルフォ・ルイス氏の経歴
1939年3月13日サカテカス市に生を受けたルイス氏は、1962年、兄のリサド・ルイスと共にカルロス・マジョ、マオ・チング組との試合でデビューを果たした。軽量級のレスラーとして入念に仕上げられた技術でナショナルライト級王座を獲得。1991年には彼の経歴の中で最も重要なタイトルの一つであるUWAフェザー級王座を獲得した。同氏はレンコール・ラティーノという覆面レスラーとしても活躍し、1987年2月26日に行われたブラック・シャドウとのコントラ戦に敗れマスクを失っている。
ロドルフォは技術のあるベビーフェイスの選手としてウルトラマン、エストレージャ・ブランカの最大のライバルとしても知られているが、より人気を博したのは兄のリサドであった。レスラーとしての活動を止めると、その後はCMLLのレフェリーとしての新たな一面を発見し、国内とアレナ・メヒコの会場で数え切れないほどの重要な試合のレフェリーを務めた。
アベルノの父
ルチャリブレに情熱を注ぐ一家の一員として、息子のアベルノことレナト・ルイス・コルテスに知識を授け、レナトはレンコール・ラティーノとして活動を開始。現代のルチャリブレで最も活躍するヒールレスラーの一人になるまでの成長を手助けした。
「スター選手アベルノのご尊父ロドルフォ・ルイス氏の逝去に際し、CMLLは遺族と共に悲しみを分かち合いたいと思います。安らかにお眠り下さい。」とCMLLはプレスリリースを発信している。
現在のところ、死因については発表されていないが彼の残したものは否定することができない。選手、レフェリー、トレーナーとして、ロドルフォ・ルイス氏はメキシコの格闘技業界に心身を捧げたプロとして記憶されるだろう。彼の名前はCMLLの黄金期に刻まれ、ルチャリブレファンが、彼が立役者の一人として築き上げたその時代を記憶に呼び覚ます都度、彼の名前が思い起こされるに違いない。