EMLL時代からCMLLを支えた元ルチャドール、モチョ・コタが死去

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(写真・記事元:solowrestling.com)

 メキシコのルチャリブレ界が喪に服している。残念なことに2016年12月23日に、元ルチャドールであり、自身もプロモーターであったモチョ・コタこと、マヌエル・コタ・ソトが62歳で亡くなった。コタは頭蓋骨を骨折したことにより脳死状態になり、22日から病院に入院し生命維持装置によって処置が施されていたが、家族の意向により23日に装置が外され、死亡が確認された。

 コタは21日、ソノーラ州ルチャドール養成所セレソ・デ・ノガレスで教鞭を取っていたが、証言によると、何処からか落下し、頭を強打。そのままエルモシージョの病院に救急搬送されたが、脳死が確認されたとのこと。その後、複数のメディアがコタの死亡を報じたが、エル・ダンディこと、元ルチャドールのロベルト、グティエレスが、家族はコトが回復することを願い、また、関係者が看病に当たっていたことを明かした。そして、23日、グティエレスは、コタは生命維持装置を外され、臓器は本人の生前の希望によりドナーに提供されることとなったことを明かした。

 コタのキャリアは非常に長く、彼がルチャリブレの世界に入ったのは12歳の時だった。コタは、当時働いていた工場で、右手の中指と薬指を切断する事故にあったことから、モチョ*1というニックネームを与えられた。しかし、逆にこの事故によって彼は一躍有名なルチャドールとなり、エル・サントブルー・デーモン、ラジョ・デ・ハリスコ、ウラカン・ラミレスのライバルとして、メキシコ中を飛び回った。

 1978年、ブルーデーモンの推薦により現CMLLのEMLLに入団したコタは、ゲレロスというトリオを、サングレ・チカナ、ラ・フィエラと組み、メキシコウェルター級タイトル、NWAウェルター級タイトルを獲得。さらには、タリスマン、リンゴ・メンドーサ、カチョロ・メンドーサ、アメリコ・ロッカ、サタニコといった好敵手にも恵まれ、コントラマッチにおいて最も負けた回数の多いルチャドールでありながら、逆に、カト・クン・リー、タリスマン、チャマコ・ベラスケス、そしてメンドーサ兄弟に勝利している。その後、90年代にはAAAに移籍し、ロス・コンサグラドスの一員になると、AAAの人気をけん引する役割も担った。その後はソノーラ州で、ルチャリブレのプロモーターとしても活動を続けていた。

 ルードの中でも異彩を放っていたコタは、テクニコとしてのファイトスタイルも有名であり、ライバル達を数多くの名勝負を残し、ルチャリブレ界のプロたちに最も尊敬される存在となっている。コタの逝去は、家族にとって今年2番目の悲劇である。というのも、今年の6月、コタの息子であり、ルチャドールとしてCMLLで活躍していたサイコが事件に巻き込まれ殺害されたからである。Solowrestling一同、コタ氏とサイコ氏が亡くなられたことに心からお悔やみを申し上げると共に、これから、アレナ・セレスティアル*2でのご活躍をお祈り申し上げる。安らかにお眠りください。

Walter Rosales

www.solowrestling.com

*1:ラテンアメリカで、手足や四肢が欠損している人を指す差別用語

*2:ルチャドールが、死後にルチャをする、天国にあると言われる会場のこと。